ベートーベン

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ベートーベン 葬送

ベートーベンが16歳のとき、ウィーンを訪れて実際にモーツアルトに会いました。

 

ベートーベンはバッハの平均律を完璧に弾きこなした後、モーツアルトが楽譜を逆さまにするよう指示したのは有名な話です。

 

逆さまの楽譜も初見で見事に弾きこなしてしまったベートーベンを見て、モーツアルトは彼に才能があることを分かります。

 

弟子入りを強く希望していたのですが、突然ベートーベンにとってかけがえのない母が、16歳の時にこの世を去ってしまいます。ボンへと急に帰省しなくなければならなくなったベートーベン。その4年後にモーツアルトも他界してしまったため、結局最後まで弟子になることはなかったようです。

 

 

 

♪ベートーベンの生涯 音楽家としての決意

 

 

ベートーベン 葬送

22歳の時には、ハイドンに、作曲を主に師事したものの、父ヨハンを病気で失うことになります。残されたのは、弟2人。22歳という若い歳でしたが、弟2人を養う為に、ウィーンにて新しく音楽家として人生を歩むことを決意したのです。

 

1798年。ベートーベンが28歳の時に段々と耳が聞こえづらくなっていることに気がつきます。当時ベートーベンは演奏家として活躍していたため、急に自分がピアニストとして稼いで行けなくなったらどうしようと心配し、各地の病院を訪れて、原因を突き止めようとしていました。

 

 

ベートーベン 葬送

当時の医療技術は今ほど発達しておらず、医者もベートーベンのコーヒーの飲み過ぎではないかとでたらめなことをいっていたものです。現在では、その難聴の原因は、耳硬化症といわれるものであり、それは鼓膜からの振動を伝える耳小骨の骨細胞が増殖、もしくは増加することによって音が伝わりにくくなっていく症状です。

 

ベートーベンの耳は、時間が進むとともに、どんどんと症状も悪化して行きました。ベートーベンの目の前に見える物は、暗闇です。30歳になるころには、ほぼ何も聞こえなくなっていたようです。

 

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